交通事故と睡眠時無呼吸症候群

平成26年3月25日、前橋地方裁判所において、平成24年4月29日に群馬県藤岡市の関越道で高速ツアーバスが事故を起こし、乗客7人が死亡、38人が重軽傷となった事案の加害車両運転手に対する刑事裁判の判決言渡がなされました。裁判所は、懲役10年、罰金200万円の求刑に対し、被告人に対して、懲役9年6カ月、罰金200万円との判決を下しました。

この事件では睡眠時無呼吸症候群が争点の1つになっていましたが、睡眠時無呼吸症候群と交通事故に関して、加害者の民事責任及び刑事責任の点から、解説いたします。

 そもそも、睡眠時無呼吸症候群って?

睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome:SAS)とは、睡眠障害の一種で、睡眠時呼吸障害とも呼ばれ、ある程度の時間、睡眠をとっているにも関わらず、昼間に非常に強い眠気が起こったり、集中力が低下したりするというような症状がでるもので、一晩7時間以上の睡眠中に10秒以上の呼吸停止を30回以上出現する症候群とされています。

SASの要因としては肥満や扁桃腺肥大等が挙げられます。

日本ではこの病気が平成12年ころから注目され始めましたが、社会一般的に認識されるようになったのは平成15年の山陽新幹線における運転手の居眠り事故が有名です。

他方、交通事故に関する裁判の中で、初めて判決言渡がなされたのは、平成17年になります(大阪地方裁判所判決平成17年2月9日)※。

ちなみに、重度の眠気の症状を呈する睡眠障害を有する場合は、運転免許の取り消しや停止の対象となります(道路交通法施行令第33条の2の3)。

 ※最高裁判所のホームページに掲載されている裁判例で検索

 

刑事責任

刑事裁判では現在判決が分かれているところであります。

前述した平成14年ころに発生した交通事故に対する刑事裁判では、

注意義務があったか否か(現実的に注意ができる状態であったか)は、

1 交通事故直後から、交通事故直前の記憶がないことなど供述しており、供述に一貫性・迫真性を備えていることから、供述から判断することは不可能

2 被害車両とノーブレーキで衝突しており、衝突までの4秒間対向車線上を進行していることについて、ずっとわき見運転等をしていたと考えるより、意識を失った結果ととらえるほうが自然

3 被告人の器質性や鑑定結果から、被告人が事故当時、睡眠時無呼吸症候群に罹患していたことが推認される

4 当日の被告人は精神的・身体的負荷のかかる状況であった

といった事情から認めることはできないと判断されました。

運転中止義務違反については、急激に睡眠状態に陥った可能性を否定できないことを理由に、過失は成立しないと判断されました。

運転避止義務違反については、当日、運転を控えなければならないほどの過労状態にあったとまでは言えず、また、事件当時、一般的な認知度が低かった睡眠時無呼吸症候群の病気や危険性を疑うべきであったとする義務を被告人に課すのは困難であるなどの理由から、過失は成立しないと判断されました。

以上の様に、結論として、業務上過失傷害罪の成立は認められないとされました。

 他方、冒頭であげた刑事裁判(前橋地方裁判所判決平成26年3月25日)では、

・タコグラフ(運行記録計)の記録に居眠りが原因と考えられる激しい速度変化がある

・被告がサービスエリアでハンドルに突っ伏していたとする証言がある

など、被告人は、睡眠不足と疲労のため運転中、さらには事故の20分前にも眠気を感じながらあえて運転を中止せず、漫然と運転を続けたなどといった事情から、事故はSASに起因するものではなく、居眠り運転で交通事故を起こしたと認定し、有罪となったようです。

 

民事責任

刑事責任の項目で述べたように、刑事訴訟においては、SASが原因であることを理由に被告人(加害者)の過失が否定され無罪となった裁判例もありますが、刑事訴訟で過失がないという認定をされても、必ずしも民事上も過失がないとなるわけではありません。

また、逆に、刑事事件では有罪とされた加害者に対し損害賠償請求を求めた民事事件で、加害者が睡眠時無呼吸症候群に罹患しており、常日頃服用していた薬によって正常な意識を喪失した中で交通事故を起こしたということで、加害者の責任能力を否定した裁判例もあります(京都地方裁判所平成13年7月27日判決)。

これらは刑法と民法で過失のとらえ方が異なることによります。なお、交通事故における民事責任には、

1 民法709条に基づく損害賠償責任

2 民法715条に基づく使用者・代理監督者の責任

3 民法719条に基づく共同不法行為に関する責任

4 自動車損害賠償保障法3条に基づく運行供用者責任

などがありますが、たとえ加害者の民事上の過失がないと判断されたとしても、4の自賠法3条に基づく運行供用者責任の検討余地があります。

上記の裁判例をみますと、刑事事件でも民事事件でも、当然ながら、SASに罹患していることそれ自体で、責任を免れるというわけではなく、SASが事故に与えた影響については交通事故の態様などから慎重に判断され、過失が認定されていることがわかります。

 

詳細は、交通事故に詳しい弁護士にご相談ください。