ADRによる交通事故紛争の解決

ADRとは、裁判外紛争解決手続のことをいいます。

つまり、裁判所以外の機関を利用して紛争を解決するという制度です。ADRを利用すれば、訴訟を提起するよりも効率的に紛争を解決することができる場合があり、交通事故における紛争解決においても有用なことがあります。

そこで、本稿では、ADR機関について、特に交通事故案件で利用率の高い「公益財団法人交通事故紛争処理センター」(以下「紛セン」といいます。)の特徴や手続きの流れをご紹介いたします。

紛センの業務

紛センは、自動車の被害者と加害者または加害者が契約する保険会社又は共済組合(以下「相手方」といいます。)との示談をめぐる紛争を解決するため、紛セン担当弁護士が法律相談、和解あっせん及び審査手続きを行うものです。

紛センの種類

紛センは1つでなく、様々な種類があります。

例えば以下の通りです。

  • 公益財団法人:交通事故紛争処理センター
  • 公益財団法人:日弁連交通事故相談センター
  • 弁護士会:紛争解決センター(仲裁センター)
  • 一般財団法人:自賠責保険・共済紛争処理機構
  • そんぽADRセンター

公益財団法人:交通事故紛争処理センター

まず、公益財団法人交通事故紛争処理センターについてご説明します。

公益財団法人交通事故紛争処理センターは、交通事故の損害賠償についての法律相談や和解斡旋、審査業務などを無償で取り扱う中立的な機関で、1974年2月に交通事故裁定委員会を前身として発足しました。

非常に広く利用されている紛センで、発足以来25万件以上の取り扱い実績があり、そのうち90%の事件が示談成立に至っています。交通事故紛争処理センターは全国に10か所あり、センターから嘱託された弁護士が常駐しています。

センターでは、被害者と加害者側の保険会社双方の主張を平等に聞いたうえで和解のあっせんを行います。あっせん案について、被害者または加害者の保険会社が同意しない場合、センター内の審査会により審査が行われます。

公益財団法人:日弁連交通事故相談センター

公益財団法人日弁連交通事故相談センターは、日本弁護士連合会(通称「日弁連」)が運営している交通事故に関する相談窓口です。日本全国の弁護士が中立の立場から参加しており、交通事故被害にあわれた方の民事上の法律問題について、①電話や面接での相談と②示談あっせん審査などの支援業務を行っています。

相談できる事項としては、例えば、加害者との示談交渉をどのように進めればよいか、加害者の任意保険会社に提示された過失割合や賠償金額納得がいかないがどうすればよいか、などがあります。

電話・面接での相談の利用にあたっては、まずは交通事故の状況等がわかる資料を用意したうえで、無料相談電話番号に電話をするか、各相談所で面談の予約をとります。

示談あっせん審査業務の流れとしては、まずは無料面談相談をしたうえで、相談担当弁護士が示談あっせんに適した案件であるかどうかを判断します。示談あっせんに適すると判断された場合は、示談あっせんを申し込みます。

相手方が示談あっせんに同意した場合は、双方とあっせん担当弁護士が同席した示談あっせんが開催され、弁護士が双方から事情を聴いたうえで適切な示談を行うように調整を行ってくれます。センターで示談の成立率は約86%です。相手方が示談あっせんに不同意だったり、同意しても弁護士が提示した示談案に不同意だったりした場合は、示談は不成立となります。

不成立の場合は、訴訟などで解決をはかることとなりますが、加害者がセンターと提携しているJA共済・全労済等の9つの共済に加入している場合には、さらにセンターに対して審査の申込みをして迅速な解決をはかることができます。審査では、複数人の弁護士から構成される審査委員会が検討した示談案が提示され、これに被害者側が同意した場合は、加害者側の共済はこれを尊重することとなっています。

弁護士会:紛争解決センター(仲裁センター)

弁護士会も交通事故の紛争解決センターを運営しています。2023年3月現在、全国で36の弁護士会に設置されています。名称は、弁護士会によりさまざまで、仲裁センター、紛争解決センター、あっせん・仲裁センター、示談あっせんセンター、法律相談センター、民事紛争処理センター、ADRセンターなどと呼ばれています。

弁護士会の紛争解決センターでは、弁護士が中立の立場で当事者同士の話し合いを支援し、当事者間の合意や仲裁によって交通事故の民事上の紛争を解決します。

あっせん手続では、センターが設置されている弁護士会の会員である弁護士が、あっせん人となり、当事者間の話し合いをサポートし、当事者間の合意による紛争の解決をはかります。仲裁手続では、センターが設置されている弁護士会の会員である弁護士が仲裁人となり、仲裁法に基づいて仲裁判断をして、紛争を解決します。

一般財団法人:自賠責保険・共済紛争処理機構

一般財団法人自賠責保険・共済紛争処理機構は、自賠責保険の保険金や共済金に関して発生した紛争を解決するための第三者機関です。自賠責保険は、自動車を所有する場合に法律上加盟を義務付けられる強制保険です。

共済は、その加入者同士が構成員として団体を形成し、相互に災害や事故があった場合の保障を行う仕組みです。自賠責保険・共済紛争処理機構は、平成14年4月1日に改正施行された自動車損害賠償保障法に基づく指定紛争処理機関として、国土交通大臣と金融庁長官の指定を受けています。

機構では、専任調査員や弁護士が、自賠責保険・共済からの支払いに関する紛争についての調停や被害者からの相談受付などを行います。

そんぽADRセンター

そんぽADRセンターは、一般社団法人日本損害保険協会が運営する顧客対応窓口の名称です。一般社団法人日本損害保険協会は1971年に設立された、損害保険業の健全な発展や信頼性の向上を目的とした組織です。そんぽADRセンターでは、専門の相談員が原則無料で、損害保険その他交通事故についての相談に対応しています。

また、そんぽADRセンターは、保険業法により紛争解決機関(金融ADR機関)として指定されており、被害者と損害保険会社との示談交渉などでトラブルが発生しそれが当事者間では解決しない場合に、紛争解決手続きの申立をすることができます。

なお、自賠責保険の保険支払いについては、上述の一般社団法人自賠責保険・共済紛争処理機構の取り扱い管轄となるので、対象外となります。紛争解決手続では、交通事故問題に詳しい弁護士などが紛争解決委員をつとめ、中立の立場から和解案の提示などトラブルの解決支援を行います。

また、被害者等からの損害保険会社とのトラブルに関する苦情受付も行っています。そんぽADRセンターが苦情を受け付けた場合、センターから当該損害保険会社に対して苦情内容を伝えて改善を求めるなどの処理により、当事者間で苦情が円満に解決されるよう支援を行います。

紛センの流れ

和解あっせんとは、紛センの担当弁護士が被害者と相手方との間で意見を調整して、和解をまとめるための手続きです。この和解あっせんの手続きの流れは以下のようになります。

①法律相談

紛センでは、担当弁護士による法律相談が受けられます。この法律相談では、和解あっせんを前提とした相談を行います。

相談担当弁護士が面接をして、事故の被害者(以下「申立人」といいます。)の主張を聴取し、提出された資料を確認のうえ、問題点を整理したり、助言を行ったりします。

紛センの担当弁護士以外の弁護士に委任している場合には、この法律相談を受けなくても、②の申立ての手続きに入ることができます。

②申立て

紛センを利用する際には申立てが必要です。申立てを行う先は、当事者の合意がある場合を除いては、申立人の住所地または事故の地を管轄する紛センです。

申立ての際には、初回の期日の予約をしますが、和解あっせん手続きに入りますと相手方も期日に出頭することになりますので、相手方との予定を調整する必要があります。

紛センの予約がとれない可能性もあるので、予約の際には1ヵ月先までの候補日をいくつか挙げておくとよいでしょう。

申立人が弁護士に委任している場合には、弁護士がこれらの予約、日程調整を行います。

③必要書類の送付

紛センの初回期日の1週間前までに事前提出資料の正本を紛センに、副本を相手方に送付します。

事前提出資料としては、交通事故証明、事故状況・事故現場見取図、治療費等の各種費用の領収書等の損害を証明する資料、保険会社の損害額計算書など、各種様々な種類の書類をそろえなければなりません。

申立人が弁護士に委任している場合には、申立代理人弁護士は、損害額の費目毎の内訳、争いのあるところとないものを明示した損害額算定表の提出が求められます。

④初回期日~和解のあっせん

申立ての際に予約をとった日に初回期日が行われます。紛センでは、公正・公平な嘱託弁護士が、期日において当事者双方から十分な聞き取りを行ったうえで、口頭または書面により裁判基準に依拠したあっせん案を提示します。期日は物損では1、2回ほど、人損では3~5回ほど行われるのが一般的です。

当事者双方があっせん案を受諾すれば、示談書が作成され、手続きは終了します。あっせん案自体には拘束力がありませんので、当事者の一方が合意をしなければ、あっせん不調となり、当事者のいずれかの申立てにより審査に移行します。

⑤審査会による裁定

審査会で申立てが受理されると、審査会の期日が決定され、3名以上の審査員で構成される審査会が当事者双方の主張を聴取します。当事者の主張や提出された資料をもとに審査会は結論を示す裁定案を出します。

申立人は、この裁定の告知を受けた日から14日以内に受諾の回答をしなければならず、期間を徒過した場合には不同意とみなされます。申立人が回答期間内に受諾した場合に、保険会社には尊重義務が課せられ、裁定案を拒否することはできませんので、裁定の内容に基づいた示談書が作成され手続きが終了します。

紛センのメリット・デメリット

紛センを利用することのメリット・デメリットを挙げると以下のようになります。

メリット デメリット
訴訟 ・弁護士費用や遅延損害金の請求も可能

・文書送付嘱託・調査鑑定などの訴訟上での証拠収集手続の利用ができる

・立証責任の負担が大きい

・判決までに1年近くの時間がかかる

・訴訟費用など解決までの費用がかかる

紛セン ・申立費用が無料

・短期間での解決が可能

(物損は1~2回、人損は3~5回の期日が目安)

・公平、公正な立場の嘱託弁護士が和解をあっせんする。

・和解のあっせんが不調に終わった場合には、審査会の裁定を求めることが可能であり、保険会社は裁定を尊重する義務を負う。他方、被害者は裁定の結果に拘束されない。

・全国に11ヵ所しかないため、利用が集中すると予約が取りにくく、また所在地から離れた方には利用しづらい。

・自転車事故及び後遺障害等級認定に関する争いは扱っていない。

・紛センへの申し立ては、消滅時効を中断する効果がない。

・証人尋問や検証の手続きが行われないため、事故態様に関して激しく争っている事件には向かない。

紛センを利用すべきケースと利用すべきでないケース

以上の訴訟・紛センのメリット・デメリットから紛センを利用すべきケースと利用すべきでないケースとしては以下のものが挙げられます。

利用すべきケース

  • 事故態様に大きな争いがなく、後遺障害に関する争いもない場合

利用すべきでないケース

  • 事故態様等につき、双方の主張が真っ向から対立している場合
  • 当事者の主張を裏付ける客観的証拠が乏しい場合

紛センは、事故態様自体に大きな争いがない場合には、申立費用が無料で、数回の期日で手続きを終了させることが可能です。訴訟だと1年近くの時間がかかり、さらに裁判費用などの費用がかかりますので、訴訟に比べれば紛センのほうが、安価で迅速に裁判基準での解決が可能ということになります。

ただし、事故態様に大きな争いがあったり、後遺障害の点で争いがある場合などは、紛センで解決することができませんので、訴訟による解決をしなければなりません。主張を裏付ける客観的証拠が乏しい場合には、訴訟であれば証人尋問や検証、文書送付嘱託などによる訴訟上の手続きを利用することで証拠を収集することができます。

他方、紛センではこういった手続きがないので、申立人の手元に客観的な証拠がなければ、申立人の主張はあっせん案の中でなかなか考慮されないことになります。

最後に

交通事故紛争解決の方法の選択を誤れば、費用や時間などを無駄にする可能性があります。交通事故の被害者にとっては、迅速に賠償金をもらえることが第一です。

紛センはそのための制度としてはふさわしい制度です。紛センを利用するのにふさわしいかどうかは個別具体的、専門的に判断しなければなりません。

弊所は、交通事故案件の経験豊富な弁護士がおりますので、ぜひご相談ください。