整骨院、鍼灸などによる治療にかかった費用の賠償

 交通事故の治療費は、必要かつ相当な実費の賠償を認めるのが裁判例の傾向です。しかし、これはあくまで医師の医療行為にかかった費用のことです。整骨院や鍼灸での施術やマッサージなどは医師の医療行為ではありませんので、必ずしもその実費が治療費として相手方に請求できるわけではありません。しかし、整骨院などにかかった費用の請求を認められた例もあります。本稿では、医師による医療行為以外の施術に費やした費用がどのような場合に治療費として認められるのかについて扱います。

整骨院の施術費を治療費として認めた例

<事案>(東京地判平16.6.27 交民37巻1号239頁)
 頚椎捻挫、右膝外側側副靭帯損傷等の傷害に対する整骨院での施術につき、東洋医学に基づく施術をした例

 東京地裁は、上記の施術費については、原則として医師の指示を受けることが必要であるが、施術を受けることにより残存していた疼痛が軽快し、快方に向かいつつあることがうかがえること、施術を受けることにより、整形外科への治療回数が減少していること、施術費が社会一般の水準と比較して妥当と判断できること、加害者側が整骨院における施術を認めていた経緯があること等から、症状固定日までの施術を損害として認めました。

整骨院の施術費のうちの一部を治療費として認めた例

<事案>(大阪地判平成30年2月21日 事件番号:平成28(ワ)9711号)
 頸椎捻挫に対する整骨院の施術につき、

 原告は、整骨院に通院して頚部捻挫に対する施術を受けたところ、この施術は、原告X1の症状の改善に一定の効果があったことが認められるが、整骨院の通院期間中、原告X1はそれまで通院していた、クリニックには一度も通院しておらず、施術について医師の指示又は同意があったとも認められないことなどからすると、施術費の全額が本件事故と相当因果関係のあるものとは認められず、4分の3に相当する7万6200円(10万1600円×0.75)の限度で必要かつ相当なものと認めるのが相当である、としました。

整骨院の施術を損害として認めなかった例

<事案>(大阪高判平22.4.27 自保ジャーナル1825号1頁)
 頸椎捻挫等の傷害に対する整骨院の施術を受け、労災保険柔道整復師施術料金の労災算定基準の2倍の金額が請求された事案

 大阪高裁は、医師による治療に加えて柔道整復師による治療費を必要とした事情は立証されていないから、医師による治療を受けた場合の治療費を著しく超えることはできないので、労災算定基準の上限とするのが相当とし、請求した治療費の全額を認めませんでした。

 以上に見てきたように、整骨院や鍼灸院での施術費用やマッサージの費用は医師の指示により受けたものであれば、認められる傾向にあります。医師の指示は、積極的なものでなくとも、施術を受けることによって改善の可能性が否定できないため、とりあえず施術を受けることを承認するという消極的なものも含まれます。このような医師の指示、承認がなくても、改善効果が認められれば賠償を認めた裁判例もありますが、認められないケースも多くありますので、整骨院等での施術を受けられるかについては慎重な判断が必要です。

柔道整復師による骨折の治療

 患者さんが脱臼又は骨折をしていた場合の柔道整復師による施術に関しては、裁判例の傾向も異なります。
 柔道整復師法17条には、「柔道整復師は、医師の同意を得た場合のほか、脱臼又は骨折の患部に施術をしてはならない。ただし、応急手当をする場合は、この限りではない」と規定されています。つまり、法律上、柔道整復師が、脱臼又は骨折をしている患者さんに施術をするには、医師の同意を得た場合と応急手当をする場合に限られるということです。

柔道整復師の骨折等に対する施術費が損害と認められなかった例

 骨折等の傷害を負った被害者が医師からの同意を得ずに柔道整復師の施術を受け、これにかかった費用が損害として認められるかが争われた事案(東京高判平成30.7.18 自保ジャーナル2032号174頁)。

 東京高裁は、柔道整復師が事故の被害者の施術をした時には、「医師による骨折の診断はされていなかったのみならず、かえって、医師は、」「経過観察とした上で、痛みが増幅するようであればCT検査で評価するとの治療方針を決定していたから、控訴人による上記施術は、医師の治療方針に合わないものであったというべきである。」として、柔道整復師による施術の必要性・相当性に疑いがあるとして、施術費用の当該事故との相当因果関係を否定しました。

骨折に対する柔道整復師の施術費を損害と認めなかった例

(大阪地判H.29.9.14 事件番号平成28(ワ)2004号)

 大阪地裁は、柔道整復師法17条を根拠に、「整骨院での施術が開始された時期は,本件事故から1か月以上たった平成26年2月17日であるので,これが応急手当に当たらない上,病院の医師が整骨院での施術に同意していたことを認めるに足りる証拠もない。そうすると,右第2中足骨骨折に対する施術は,施術内容の合理性を欠く。」として、柔道整復師の施術費を損害と認めませんでした。
 このように、裁判例の傾向として、法令に反する柔道整復師による施術は、合理性のない治療として損害と認めていません

 以上にみてきたように、柔道整復師や鍼灸師による施術やマッサージ等は、医師による治療とは異なり、その実費が全額認められない場合があります。通院先として整骨院などに通いたい場合には、まずは医師から同意を得ることが大切です。このような手順を踏むことで、後々の裁判等で相手方に請求できる可能性が高くなります。治療費を事故の加害者に対して後々請求できるのだろうかと頭を悩まして、治療に専念できないのでは元も子もありません。当事務所にご相談いただいた場合には、治療・施術にかかった費用を相手方に請求できるかどうかをアドバイスいたします。